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カテゴリ:大学時代を楽しもう( 142 )

お引越し

引越し先は素晴らしいところだ。


今日初めて近くの海に言ったけれど、これほど豊かな海とは思わなかった。
延々と続く砂浜にはあさりをはじめ多種多様な貝類が生き、
それを目当てにチドリやカモメの仲間が宝石のような輝きを放ちながら水面すれすれを乱舞していた。一気にテンションが上がる。名古屋の藤前干潟が常にデフォルトに設定されている自分にとって、藤前よりも小さな干潮時の露出部にさえ鳥たちが豊かに生きることは、何か不思議な気持ちもした。県庁所在地に近く、開発された都市部に隣り合う海岸線が多様な生物を抱擁していた事実は、驚きであると同時にひどく嬉しかった。
 
マンションの前の田んぼでは、ケリという鳥がどうやら縄張りを築いているようだ
今日一生懸命カラスを追っ払っているのをみた。
マラソンの練習中に、頭上の電線にておしゃべりをするツバメに出会った。
今年初めての、初夏の使者との出会いだった。
ここは夜になればコウモリが住宅街を飛び回り、田の土手にはどこもツクシが小さな林をつくる。
 
何にもない。何もない。でも、それがいい。
 
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もうすぐ、入社。
それまでに切り替えるところは切り替えて、
あくまでフットワークは軽く、笑顔でやっていこう。
目標は遠くに設定してある。
それを踏まえて、今得なければならないパーツを自分の中に揃えていこう。
まぁ、苦労するだろうな。大学でぬくぬくしていた分だけ、苦労は人より多いだろう。
そこすら踏まえて、今はとても楽しみな気持ちだ。

新しい生活を見渡そうとして、なんだかんだと考え込むときも、ある。
でも行き着く先は結局、「まぁ、なんとかなる」、なんだよな。

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※引越し直後ゆえネット開通が遅れています。家で自由にネットできるのは数週間先かも。でも、沖縄話は一気に書ききりUPする予定です。では、これからもどうぞよろしくお願いします!
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by Mr-chirujirou | 2008-03-29 13:38 | 大学時代を楽しもう

あ、しまった。(沖縄話はちょっとお休み)


なんだか普通の雑記を書くのは本当に久しぶりな気がする。
いくつか頭に浮かんだことを書いてみよう。


4月からようやっと社会人になるので、ただいま引っ越し作業中。
豊田(愛知)から津(三重)に移り住むことになる。

その関係で今日は津まで荷物運びをしたのだけれど、阿呆なことに沖縄旅行の日記帳も荷物の中に放り込んでしまっていた。・・・それで、今日はこうして雑記を書くことになってしまったのだ。ほんと、「しまった」としか言いようがない。

*****

これは以前もたぶん言ったけど、自分は就職先を探すにあたって
「今やりたいと思えること」を重視していた。

その結果が予定外の一人暮らしとなり、その上なぜか名古屋からも微妙に遠い三重に住むことになってしまった(や、三重の人ごめんなさい)。そのことを言うと友達から「わざわざ何で三重で?」というリアクションをよく受けるけれど(うん、その気持ちはよくわかる笑)、ただ、本人は自分の決めたことの結果に納得しているので相当ケロっとしている。

いやいや、それどころか三重は面白そうだ、という思いの方が断然強い。
愛知よりも登りがいのある山がたくさんあり、地理的にながひょろいので地域性も多様そうだ。

せっかく縁あって三重に住むのだから、自分の住む県くらい、語れるようになっておきたいと思う。その点を踏まえて、3月30日という入社ギリ前にも関わらず津市のマラソン大会にも参加することにした。これは俺なりの、三重県への挨拶だ。

*****

内定先の会社の方も、環境系も手がけるとあって内定者たちの環境意識は高い。
実は会社のやっている業務内容に未だに腑に落ちない点があるものの苦笑、そういういい点悪い点(!?)ぜんぶひっくるめて、この会社には興味が尽きない。
まぁ、今の段階でとやかくいっても始まらないな。やってみるしかないだろう。

*****

あ、そうそう
先日、沖縄関連で『さとうきび畑の唄』というDVDを借りた。
確か数年前にTVで放送された沖縄戦を題材にしたドラマだ。
観たことある方いらっしゃるだろうか?
TVで放送された時は結構な反響があったと聞いていた。

ところが、だ。あんなドラマを放送していいのだろうか?
沖縄の人が見たら、怒りを通り越して笑いがこみ上げてくるかもしれない。
そんな内容だった。
悲惨な、本当に知るべき史実も、感動を煽るような美談に塗り固められ、
いわば本土の人たちにとって「口ざわりのいい」戦争ドラマだったと言える。

一番許せないのは、非難壕内での集団自決が、あたかも米軍が迫ってきた恐怖から衝動的に行われたように編集されていたことだ。もちろん歴史上そうした理由から自決が行われたことはあっただろうが、それにしてもフォローも何もなく、背景の書き込みも薄い。そのほかの多くの指摘したい点については編集上の都合があったのかもしれないが、これだけは許せない。こうして現代の人々は歴史認識を誤ってゆくのだろうか。

*****

あれ・・?最後は結局沖縄の話になっちゃいましたが笑

それでは、また。
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by Mr-chirujirou | 2008-03-20 00:28 | 大学時代を楽しもう

沖縄自転車のたび7日目(追記あり)

自転車で巡る沖縄の旅も7日目。残すとこ、あと3日ほど。

例によって書きたい、いや書くべきことがたくさんあるのだけど、この旅中は日記もままならない状況なので、帰ったらたくさん書くことにします。(夕方まで自転車漕いで、夕食たべて即布団へ..の生活なので@@)

では、今日この場では何を語れるだろう?
う-ん、ひとつだけ書くとすれば、.....


今の俺は、「やった。」著者の坂本達さんのことばじゃないけど、「自分の持つ役割」を正確に把握することが生きる上でのキ-ポイントになっていて、つまり自分を取り巻く各種の枠の中で、自分がするべき・担うべきと思うことを把握して活動したいと常に想っている。
そして今回、沖縄を自転車的な速度で回ってみて、新たな枠と新たな役割が見えてきた。
新たな枠とは「戦後に生きる人間」であり、役割とは「戦争とは・平和とは何かを問い続けること」「沖縄問題を考え続けること」だ。
(経緯など詳しいことは後日更新します。 )

...

戦跡と、文化と、ヒトの優しさと、やんばるの豊かな森に触れる今回の旅もあともう少し。自転車のキツさにもなれてきた。
旅路は戦跡に始まり戦跡に終わる。最後は普天間基地や、陣地跡や慰霊塔のある嘉数高地のある沖縄中部を目指して、ペダルを踏もう。


追記
自転車を借りた「プラネットチャオ」安井さんのブログに、ちるじろうの活動風景が写真付きで少し紹介されています。お暇があれば、ぜひご覧になってくださいー。
プラネットチャオのブログはこちら
HPはこちら
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by Mr-chirujirou | 2008-02-26 23:44 | 大学時代を楽しもう

ちょっと更新滞ってますが・

どうも最近顔の見えない記事ばかりですみません;

というのも知識の吸収ばかりを最近していて
頭が固くなってるから、なのかなー 堅い記事を好むのは。


最近ツバルについての講演と野口健の講演に参加させてもらって
そこで受けた想いもここで語りたいのだけど、
どうしても沖縄行きまでに時間が取れず
また別の機会にUPさせてもらいます!


さて、今日から沖縄2週間いってきます
準備不足も甚だしい!ってくらい情報収集が足りないんだけど
まぁ安宿で情報収集できるからいっか、と半ば開き直ってます

とりあえず目先の楽しみとして、人生初の長時間---といっても2日だけど---の船旅!
名古屋港から那覇新港までまる2日間船の上だ。
どんなんだろう?とてもたのしみ。

今回の旅は「戦争の追体験」と「自転車旅行」のセット。
できるだけ現地の人と話をしようと思います。


頭と心をさらっさらにして。いってきます。
さぁ、感じるぞ、考えるぞ、楽しむぞ・

更新は、できたらしまーす。
それでは、また。
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by Mr-chirujirou | 2008-02-16 03:15 | 大学時代を楽しもう

生物多様性って?

最近「生物多様性」って何なの..?
と聞かれることが度々あって
実はそのたびに返答に苦労している。
その理由は一重にこの言葉の持つ意味こそが多様であるからなのだけど、
自分としても、近年急に市民権を得ているこの言葉について
ここに考えをまとめておきたい。

◆生物多様性って、ナニ?
英語ではBio + Diversity、つまり生きものが多様に存在すること、
いろんな形をした「いのち」が、どこかで常に関わりあいながら生きていること。
ちょっと堅く言えば遺伝子や種、生態系の豊富な様、といったところか。
たいてい「生物多様性」はこんな意味に使われる。

でも、実はこの「生物多様性」という言葉は限りなく奥が深くて
考えれば考えるだけ深みが増す、するめのような言葉だ、と常々想う。

この言葉が意味するもの。
それは自分とって、日々の暮らしに寄り添う自然であり、
世界のどこかに今も必ず存在し、心の豊かさをくれる自然、でもある。

◆日々の暮らしと生物多様性
僕にとって、生物多様性が意味するもの。
その一つに、「暮らしの中にある身近な自然」が挙げられる。
それは、大学に行く・仕事にいくという何気ない日々の中にも、
溢れるほどたくさんの生きもの達との接点があるという事実だ。

犬の散歩で通る田んぼ道。自分の歩くほんの1m横の土手には、何十種類もの植物が生きている。通勤通学の途中でさえ、10種以上の鳥類に出会うことができる。
コンクリで埋め尽くされた大都市にも、タヌキやイタチが住んでいる。

実は僕らが気づいていないだけであって
とても身近なところに自然があり、僕らの周りで生きものたちが日々交錯している。
生物との接点などない無機質な生活を送っているつもりでも、
ふっと意識を傾けると、自分たちは生きもの達の輪の中に佇んでいることに気づくはずだ。この「輪の中に佇む」感覚が、身近な意味での「生物多様性」なのだと思う。


◆意識の中の生物多様性
生物多様性は僕らを包む生命の輪だ。その身近なところに見える輪を、もっともっと広げてみてほしい。その輪はきっと、目に見えないくらいの広がりをもったとき、心で感じるものに昇華されるはずだ。

動物写真家の故・星野道夫氏は、その著書の中でこんなことを語っている。


・・多くの本を読みながら、一つのことがどうしようもなく気にかかり始めていた。それはヒグマのことだった。
大都会の東京で電車に揺られている時、雑踏の中で人込みにもまれている時、ふっと北海道のヒグマが頭の中をかすめるのである。私が東京で暮らしている同じ瞬間に、同じ日本でヒグマが生き、呼吸している・・・。確実にこの今、どこかの山で、一頭のヒグマが倒木を乗り越えながら力強く進んでいる・・・。そのことがどうにも不思議でならなかった。


遠くに暮らす友人を想うのと同じように、世界のどこかで同じ時を過ごす生き物たちを想うこと。どこか意識の底で繋がっているという感覚。おんなじように、例えばアマゾンやアラスカの未踏の大自然のように、「あの場所には今も雄大な自然が存在している」という、ある種の安心感や暖かさを持った心の中での繋がり。
目には見えなくとも「確かに在る」、それ自体に価値をおくこと。それはつまり、心の中で繋がっていられると感じる一つの豊かさである。こんな心の豊かさも、一つの生物多様性の形だと思うのだ。

*****

俺のもっとも身近な人が、「生物多様性」という”堅い”言葉を短く分かりやすいキャッチフレーズで表現しようと苦心しているのを見て、俺も少し考えてみた。

ちょっと考えて、きっと俺の出す答えは、「こころで繋がるすべてのいのち」だろうな、と思う。コレが、俺にとっての生物多様性という言葉だ。まだまだ一側面しか捉え切れていないとは思っているが、「自然とのかかわり方」を追求する自分としては、ぜひとも今後もこの言葉と共に過ごしてゆきたいと思っている。
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by Mr-chirujirou | 2008-02-15 12:09 | 大学時代を楽しもう

これだーれ?

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兄の子どもが家にくると

勉強なんてできやしない


「これ、ちるじろうくん」

よかった、ヒトっぽい絵で。
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by Mr-chirujirou | 2008-01-28 16:37 | 大学時代を楽しもう

講演情報などなど

2月2日(土曜)
『うまし国・三重の森と海を語る』(三重県津市)

C.W.ニコル氏の基調講演 (略歴みると面白そうな方!)

伊勢神宮の森の保全に勤めた方などを含めたパネルディスカッション

(参加希望の方がいましたら連絡ください。
予約のアドレスをお伝えします。)


********

2月3日(日曜)
『生物多様性の考え方 ~希少動物の保護~
「野生シャチの捕獲問題について考える」』 
(名古屋・水族館付近)

詳細
時間 13:30~16:30(13:15開場)
会場 名古屋港ポートビル4F 講堂
(名古屋市港区港町1-9)名古屋港水族館東側
http://www.nagoyaaqua.jp/
入場料 無料 (カンパは歓迎します)
問合せ 名古屋港水族館を考えるなかまたち

転載失礼・・
名古屋では「COP10(生物多様性条約第10回締約国会議」の
開催誘致活動が積極的に取り組まれています。
生物多様性条約は、地球上の生物の多様性が人間の活動によって
これまでにない深刻な減少を招いていることを懸念し1992年に作られました。
COP10 は、世界の生物多様性の消失を劇的に減少させるために設定され、
すでに「劇的な減少」と云う目標達成はむずかしいと考えられていますが、
あらたな生物多様性保全のための目標が設定されると思われる非常に重要な会議
です。

現在、和歌山県太地町において希少動物であるシャチの捕獲 計画が進行していますが、 この計画の一部は、名古屋港水族館に貸し出されているメスのシャチ「クー」の 繁殖相手獲得が重要な目的のひとつと考えられます。
10年前の1997年、同じく太地町で捕獲された5頭のシャチは、現在、名古屋港水族館の「クー」1頭のみが生存しています。

COP10を誘致する名古屋の皆さんとともに、
生物多様性からの視点で野生シャチの捕獲問題を考えながら、
ポール・スポング博士にシャチの保護についての重要性をお話しいただきます。
この機会にぜひご参加ください。



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2月9日(土曜)
『地球温暖化、しずみゆく楽園ツバル~
あなたのたいせつなものはなんですか?』
(名古屋)

ツバルを知らない方にこそ見てもらいたいなと想います
9日、予定あいてる方、ぜひ参加しましょう。
(3~4名参加してくれるそうで。。応じてくれてありがとう!一緒に楽しみ&考えましょう~)

詳しくはこちら


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3月16日(日)
生物多様性COP10 NGOフォーラム (名古屋)

・・詳細はまだ届いていません。また、別途アップします。興味ある方は空けておきましょう~!


******

3月7-9日
地球環境映画祭(東京)

「水になった村」等の環境に関わる映画の上映。安い上に本数も多い。

行こうか、思案中・・

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3月30日(日)
三重県津市で10Kmマラソン。
社会人開始前日っぽいけど・・どうしようかな。




何かにぴんと来る方は、ぜひぜひ051.gif
ちるじろうはこれらに参加します。参加したらレポUPしま-す。
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by Mr-chirujirou | 2008-01-22 23:26 | 大学時代を楽しもう

ツケを払っておおそうじ

12月中下旬ごろから完全トンネル状態だった卒論イッポンの生活から
いよいよ明日で開放される。
後は印刷して(50枚!!!汗)学校に体を運ぶだけだ。

というわけで。。。
ここ一月ほど、すべてのことを後回しにしてきた。
今日からそのツケを払う。

今日は部屋の大掃除 (12月31日までにするべきだったこと;;)
明日は初詣 (最寄の・・だけど)
と、同時に卒業旅行の手配もしなくては。

溜まっている読書のウェイティングリストも、3月までに読破しなくちゃ。


・・・と。何よりのツケは、いろいろ考えることをすっかり怠っていたこと。
卒論の忙しさでこれだけ「考えること」が後回しになってしまったことを考えると、
社会人になって日常的に忙しくなったら、俺は考える時間を持てるんだろうか?
それが少し不安だ。
その辺も、自分の中に対応策を持っていなくては。

*****

さて、卒業旅行については、やりたいことが決まっているだけに
手配はすばやく進みそう。これについては、別途記事にします。

ただ、卒業旅行のキーワードは

◆「学生時代じゃなきゃ行けない場所」、ではなく、「学生時代でしかできない時間の使い方」
◆日本の歴史を正しく理解すること
◆映画「ひめゆり」

でた答えは
沖縄をゆっくり回ろうかな、と。観光では、なく。
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by Mr-chirujirou | 2008-01-17 16:34 | 大学時代を楽しもう

もうすぐ卒論もおわる、けれど・・

お久しぶりです。

****

なんとか提出期限の10日前に卒論は完成して
センセに添削求めて提出してたら わずか数時間後に手元に戻ってきてた


日曜日は野菜たくさん食べて  市立図書館で本に囲まれて
ゆっくり過ごしたら  すっかり頭から卒論が消えた
じゃなくて、リフレッシュできた。

年末あたりのトンネル状態から脱け出して
今ようやく客観的に自分の書いた論文を読める気がする。
これから一週間、納得ゆくまで修正しよう。

正味3ヶ月(卒論調査の8月と、執筆12月+1月)の卒業論文
正直内容の甘さには後悔はあるものの
この修正期間が要と捉えて
最後の最後まで、キッチリやろうっと。


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by Mr-chirujirou | 2008-01-14 03:09 | 大学時代を楽しもう

とあるゲームから


こんなゲームを知っている

質問者が指を立てながら
「これ1本、これ2本、これ3本」
そして「・・じゃぁこれは何本?」
といって最後に4本とか2本とか適当に指を掲げる。
答える側はもちろん立てられている指の本数を答えるが、正解にならない。
何度やってもらっても
「じゃぁこれ何本?」の時に質問者が掲げる指の本数がでたらめだから答えられない
答える者は、ではこの指の本数にはどんな法則があるんだろうと考え込み
答えを知る者はその終わらないやりとりをみて楽しむ。・・

ネタをばらすと

「これいっぽん、これにほん、これさんぼん、じゃぁこれなんぼん?」・・・

つまり最後のセリフが「ぽん・ほん・ぼん」のいづれかであるかを見極めて答えればよい。
上の例では答えは「3」である。

***

このゲームにどこか通低することばがある。

***

「KY」という言葉がどうも苦手だ
けーわいという言葉の持つひびきからその意図するものまで
アザミの葉を撫でるようなザラザラ感。

ただその想いがどこから沸いてくるのか
うまく言葉にできずにいたけれど

調べてみると言葉にできる人はたくさんいるものだ

卒論で「言葉」を扱うだけに、今日はそんなことに妙に感心してしまった。
(・・・前置きが長くなったけれど、今日はこのことが一番言いたかった。)

***

以下引用
ゲームというのは参加者全員がルールを知っていることを前提にしているのであるから、このゲームは、本来のゲームではない。ルールを知っている者たちが、ルールを知らない者をからかうための遊びである。好意的にいえば、ルールを知らない者がいかにそのルールを発見できるか を見守る遊びである。
 だからこのゲームは、その場にいるほとんど全員がルールを知っていて、それよりも少数の人がルールを知らない場合にのみ、おこなわれる。全員がルールを 知っていたら、意味がないし、反対に、ひとりだけルールを知っている場合は、ゲームができないわけではないが、そのルールを知っているひとりがみんなから の敵意の的になる。
 すでにおわかりのように、これはある小さな共同体が侵入者をからかい、屈辱感を与え、排除するためのゲームである。
出典:鈴木晶のウェブサイト

KYなる言葉が流行しているらしい。「空気が読めない」の頭文字だそうである。夜郎自大な政治家を揶揄する場合にも使われるし、仲間うちの飲み会などで も使われる。
仲間内で使われるときは、異分子排斥の合言葉のような棘のある意地の悪いニュアンスを伴っている。(確かに世界は自分のためにあると思ってい る場の読めないやつはいる)。
しかし、これが流行語になるということに対して、私は違和感を持つ。文明批評をするつもりはないが、私はこの流行語には、少なからず当今の批評精神の劣化を感じる。そこには「空気」という言葉で表現される「仲間意識」そのものが持つ脆弱性への批評がすっぽりと欠落しているから である。
別の言葉で言えば付和雷同と、他罰的な言葉遣いが、若い人たちの間に瀰漫してきている。自分がKYの同類でないことを証明するために、彼/彼女ら はますます仲間内の背後から石を投げる。
出典:カフェ・ヒラカワ店主軽薄
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by Mr-chirujirou | 2008-01-08 05:39 | 大学時代を楽しもう